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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9702号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録一及び二記載の各建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成九年四月一日から前項の建物の明渡し済みまで一箇月三一五万円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告との間において締結した建物賃貸借契約について、信頼関係破壊を理由とする解除、修繕に関する特約違反を理由とする解除、無断増改築を理由とする解除、期間満了による終了、正当事由に基づく解約申入れ及び賃貸目的物の朽廃ないし準朽廃による終了を選択的に主張して、賃貸目的物である建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実及び本件訴訟記録上明らかな事実

1 原告は、不動産の賃貸等を業とする株式会社であり、被告は、ホテル、旅館、飲食店等の経営等を業とし、別紙物件目録一ないし三記載の各建物において、雅叙園観光ホテル(以下「本件ホテル」という。)の名前でホテル、結婚式場等を経営する株式会社である。

2 原告は、被告に対し、昭和二三年六月一五日、その所有する別紙物件目録一及び二記載の各建物(以下それぞれ「一号館」、「三号館」といい、両者を合わせて「本件建物」という。)を次の約定で貸し渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(一) 賃貸借期間 昭和二三年六月一五日から三〇年間

(二) 賃料 一箇月一五万円(ただし、昭和二五年八月からは五〇万円、昭和五〇年一月からは一八〇万円、昭和五三年一〇月からは二二〇万円、昭和五五年一〇月からは二五五万円、昭和五八年六月からは三〇〇万円にそれぞれ増額された。)

(三) 目的 被告の営業目的のためにのみ使用する。

3 本件賃貸借契約について、法律上認められる存続期間は二〇年間であったことから、原告と被告は、昭和四三年六月一四日、更新期間を二〇年間と定めて本件賃貸借契約を更新する旨合意した。

4 原告は、被告に対し、昭和六一年一一月二六日到達の書面により、被告が原告による禁止を無視して本件建物の改修工事を行うなどしたことにより原、被告間の信頼関係が破壊されたことを理由として、本件賃貸借契約を解除するとの意思表示を行い(以下「本件前解除」という。)、昭和六三年七月一八日、右解除による本件賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡しを求めて本件訴えを提起した。

5 原告は、被告に対し、履行の催告をすることなく、平成九年二月一二日到達の書面により、賃料の長期不払による信頼関係の破壊を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。

二  争点

原、被告間の信頼関係の破壊を理由とする本件賃貸借契約の無催告解除が認められるか否か

(原告の主張)

次のとおり、被告において本件賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめる不信行為が認められることからすれば、原告と被告との間の信頼関係は、既に破壊されたものというべきであるから、原告は、催告なしに本件賃貸借契約を解除することができるものと解すべきであり、本件解除は、理由がある。

1 賃料不払

被告は、原告の本件前解除及び本件訴訟提起後も、原、被告間において本件賃貸借契約が継続していることを主張し、従前どおり本件建物の使用収益を継続するとともに、賃料として月額三〇〇万円(消費税が施行された平成元年四月以降は消費税相当額九万円を加えた三〇九万円)を支払ってきたが、平成七年九月ころから右支払が遅滞するようになり、平成八年七月分については、支払期日を三箇月以上遅れた同年一一月一五日に支払われ、本件解除当時においては、同年八月分から平成九年一月分までの六箇月分が支払われていなかった(なお、その後、被告は、原告に対し、同年四月二一日に平成八年八月分から平成九年三月分までの八箇月分として二四七二万円を、同年一〇月一五日に消費税相当額一五万円を加えた一箇月分の賃料三一五万円を支払ったが、それ以降は、賃料の支払を行っていない。)。

2 被告にホテル営業を継続する能力がないこと

被告は、平成八年一二月二六日に二度目の手形不渡りを出し、平成九年一月六日に銀行取引停止処分を受け、さらに、同年五月五日には東京証券取引所一部上場廃止となっており、右事実に、手形不渡りに至る経緯、本件解除前後の被告の資産状態及び従業員数の推移、本件解除後の本件ホテルの営業の実態などを併せ考えれば、被告は、本件解除当時において既に事実上倒産状態にあり、現在においても本件ホテルの経営を継続する能力を有していないことが明らかである。

3 被告にホテル営業を継続する意思がないこと

被告において、本件賃貸借契約が継続していることを前提として、本件建物及び敷地の貸借権等の売却を第三者に打診していたこと、被告が本件建物の解体工事を発注するという内容の書面が建築業者の間で出回っていたことなどの事実に鑑みれば、被告には、既に本件ホテルの経営を継続する意思が存在しないことが明らかである。

4 被告の経営体制の実態

被告の実質的な経営者である許永中及びその関係者は、自身が本件ホテルの経営の実権を掌握していたころに著しく悪化した本件ホテルのイメージを回復するために、平成五年一〇月に被告創業者に関係の深い納賀栄之を被告代表取締役に就任させ、営業関係の顔として利用する一方で、自らの意思に従う人間として、平成六年五月に内田和隆を被告に入社させ、同人に被告の経営の根幹に関わる部分を行わせていたのであり、被告の経営には、いまだ許永中及びその関係者の影響力が強く残っている。

5 無断転貸

(一) 本件解除当時、被告は、原告に無断で、次のとおり多数の者に対して本件建物の一部を転貸していた(以下、別紙物件目録六ないし二八記載の建物部分を「本件建物部分<4>」ないし「本件建物部分<26>」という。)。

(1) アザレ・コーポレーション株式会社(以下「アザレ」という。)に対し、別紙物件目録四記載の建物部分

(2) 越智郁子に対し、同目録五ないし八記載の建物部分

(3) 株式会社ジーケーエス(旧商号雅叙園観光サービス株式会社、以下「ジーケーエス」という。)に対し、同目録九及び一〇記載の建物部分

(4) レクリオ株式会社(以下「レクリオ」という。)に対し、同目録一一及び一二記載の建物部分

(5) ナイーブ・ジャパン株式会社(以下「ナイーブ・ジャパン」という。)に対し、同目録一三、二四ないし二六記載の建物部分

(6) 藤原義久に対し、同目録一四及び一五記載の建物部分

(7) 有限会社マノゼネラルエージェンシー(以下「マノゼネラル」という。)に対し、同目録一六記載の建物部分

(8) 新日建設株式会社(以下「新日建設」という。)に対し、同目録一七ないし二二記載の建物部分

(9) 日華観光通商株式会社(以下「日華観光」という。)及びナイーブ・ジャパンに対し、同目録二三記載の建物部分

(二) 被告は、前記(一)の各行為について、ホテル営業の一環としての長期貸室使用契約を締結したものにすぎず、転貸には該当しないと主張するが、次の事実からすれば、被告の右主張は、理由がない。

1 被告は、平成八年三月一日現在、本件建物部分<4>についてアザレとの間で賃貸借契約を締結しているが、その内容は、一般的な賃貸借契約の内容と何ら異なるところはなく、また、アザレの営業目的及び本件建物部分<4>の使用形態は、被告のホテル営業とは全く無関係である。加えて、後記7(四)のとおり、被告は、アザレに賃貸するために本件建物部分<4>について無断改造を行った。

(2) 被告は、平成七年七月一日にジーケーエスとの間で、本件建物部分<10>について貸室使用契約を締結したが、右契約に基づく平成一二年一二月三一日までの賃料について、被告のジーケーエスに対する巨額の債務と相殺する旨合意しており、自己の債務の支払と引換えに本件建物部分<10>を転貸したものであることが明らかである。

(3) 被告は、平成八年九月二五日にナイーブ・ジャパンとの間に締結された業務委託契約に基づき、同社に対して結婚式、披露宴等の営業を委託するとともに、右委託営業のために本件建物部分<13>、<24>ないし<26>について同社の専用使用を許諾したものであるが、右契約の内容からすれば、同社に対する専用使用の許諾が転貸に該当することは明らかである。

(4) 被告は、平成八年二月五日にマノゼネラルとの間で本件建物部分<16>について貸室使用契約を締結したが、その目的は、右建物部分を事務所として使用することであって、被告のホテル営業とは全く関連性がなく、その他の契約内容についても、一般的な賃貸借契約の内容と何ら異ならない。

(5) 被告は、平成八年一〇月一七日に、原告に無断で、新日建設との間で巨額の債務の免除を受けるのと引換えに、本件建物部分<17>ないし<22>の使用を許諾する内容の訴訟上の和解を成立させた上で、原告との関係において、右事実を隠蔽するために、あえて新日建設を詐欺罪で告訴して表面上対立関係を装っているのであり、新日建設への本件建物部分<17>ないし<22>の使用許諾は、無断転貸に該当する。

(6) 被告は、平成八年七月一日に日華観光との間で本件建物部分<23>について賃貸借契約を締結したが、それは、ルワンダ共和国大使館の誘致を意図したものであり、ホテル営業の一環としての長期貸室使用契約といえるものではない。また、被告は、右契約を同年一〇月ないし一一月ころに解除したとして、それ以降の日華観光の右建物部分の占有は不法占有であると主張するが、他方で、日華観光に対する七〇〇〇万円の債務の存在を認めていることからすれば、被告は、実際には右債務と賃料相当損害金債権とを相殺する予定で日華観光の右建物部分の占有を黙認しているものと解される。加えて、後記7(六)のとおり、被告は、本件建物部分<23>について無断改造を行った。

6 修繕に関する特約違反

(一) 原告と被告は、昭和五〇年七月二二日、原告が被告に対して提起した賃料増額請求訴訟の控訴審(東京高等裁判所昭和四一年ネ第二〇二号、同第二六九号事件)における訴訟上の和解において、原告が本件建物の修繕費を負担すること及び修繕の要否、修繕方法、修繕の箇所等については原被告双方が協議した上で施工することを合意し(以下「本件修繕特約」という。)、その結果、被告は、原告の事前の承諾なくして本件建物の修繕工事を行うことができないこととなった。

(二) 被告は、昭和五九年六月二七日、原告に対し、本件ホテルの全面改築の申入れを行い、原告が昭和六〇年二月一六日に右申入れを拒絶すると、同年五月二〇日には一六億九〇〇〇万円の工事費用を要する本件ホテルの改修ないし改装の申入れを行ったことから、原告は、被告に対し、同年六月二八日付けの書面により、ホテルとしての保安防災上必須の補修工事に限って行うことを承諾した。

(三) ところが、被告は、昭和五九年六月二七日以降、原告に無断で、本件建物について七億一八〇三万五〇〇〇円の工事費用を要する前記(二)の承諾の範囲を逸脱する大規模な修繕工事を行った。右修繕工事のうち特に重大な態様のものは、次のとおりである。

(1) スプリンクラーの新設工事

被告は、昭和六一年四月ころ、その設置が保安防災上必須でないにもかかわらず、原告に無断で本件建物についてスプリンクラーの新設工事を行った。右工事は、スラブその他のコンクリート構造体に穴を開け、これに直径約二〇〇ミリもの鉄管を通すという、本件建物の躯体を損傷するものであった。

(2) 給排水管、冷媒管、汚水管、排気ダクト等の取替えないし新設工事

右各工事は、保安防災上必須のものではなく、また、その性質上いずれもコンクリート構造体を各所で貫通しなければ行い得ないものであって、本件建物の躯体を損傷するものであったにもかかわらず、被告は、原告に無断で右各工事を実施した。

7 無断増改築

賃借人は、賃貸借契約又は賃貸目的物の性質によって定められた用法に従って賃貸目的物を使用収益しなければならず、借家の場合は、賃借人が賃貸人に無断で建物の増改築を行ったり、建物内部の模様替えをすることは、直ちに用法違反ないし保管義務違反を構成することに加えて、本件賃貸借契約においては、被告による無断増改築を禁止しているものであるところ、被告は、本件建物について、原告に無断で次のとおり多数回にわたって改築工事を行った(なお、前記6(三)(1)及び(2)の工事は、修繕工事には該当しないとしても、少なくとも改築工事には該当するものである。)。

(一) 昭和六〇年一一月ころ、三号館について、一階ロビーの配置換え及び女子便所の撤去工事を行った。

(二) 同年四月から同年一二月までの間に、一号館の天井を低くする工事を行った。

(三) 本件建物について、従来設置されていたスチール製の窓枠をアルミサッシに変更する工事を行った。

(四) 平成八年二月一六日以降、アザレに転貸するために、本件建物部分<4>のうち従前客室(三二九号室)だった部分を事務所に改造した。

(五) 同年二月ころ、本件建物部分<5>の躯体部分(コンクリート)の一部を取り壊して、引違い窓を引違いドアに改装した。

(六) 同年ころ、本件建物部分<23>の入口付近の廊下の真ん中に巨大かつ頑丈なドアを新たに設置し、内部の客室を一般の宿泊客が利用できない状況を作出した。また、内部の従前客室(五〇一号室及び五〇二号室)だった部分について、客室を潰して従前エレベーターホールであった部分と一体化して大きなホールに改造した。

8 原告所有の天井画の無断持ち出し

被告は、一号館五階(登記簿上三階)エレベーターホールの天井部分に設置されていた原告所有の天井画(池上秀畝作「扇面桃の木図」他五点)を原告に無断で取り外し、昭和六三年一〇月一日に株式会社天赦園ホテルに賃貸した。右天井画は、美術品として相当の価値を有するものであるだけでなく、一号館五階の天井として機能していたものであるから、被告の右行為は、賃貸人所有の動産の横領行為を構成するだけでなく、賃貸目的物である一号館の価値を減少させる行為であることが明らかである。なお、右天井画は、原告の要求により平成三年八月ころに被告に戻されたが、その後従前の設置場所とは全く異なる場所に設置された。

よって、原告は、被告に対し、本件賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡しを求めるとともに、右終了の日の後である平成九年四月一日から右明渡し済みまで一箇月当たり三一五万円(消費税相当額一五万円を含む)の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

(被告の主張)

次のとおり、原、被告間の信頼関係は、いまだ破壊されておらず、また、信頼関係の破壊が認められないにもかかわらず、履行の催告をせずに行った解除の意思表示は無効であるから、原告の本件解除は、理由がない。

1 原告の主張1について

原告の主張する賃料不払の事実は認める。ただし、被告は、原告が本件賃貸借契約の解除を主張して賃料の受領拒否をしており、また、本件訴訟において和解手続が進行中だったことから、原、被告間で和解が成立した時に未払分の清算をすればよいと考えて賃料の支払をしなかったものであり、原告から賃料不払を理由とする解除の意思表示を受けて、平成九年四月一八日に平成八年八月分から平成九年三月分までの八箇月分の賃料合計二四七二万円を原告に支払った。右事実からすれば、原告主張の賃料不払が、原、被告間の信頼関係を破壊するものと解することはできない。

2 同2について

被告は、銀行取引停止処分を受けたものの、事実上倒産したわけではなく、現在も従前どおり本件建物で本件ホテルの経営を継続しているのであり、被告が本件ホテルの経営を継続する能力を有していないとの事実は存在しない。

3 同5について

原告主張の第三者による本件ホテルの客室の使用は、客室を事務所等に使用する目的を有する顧客に長期貸室使用契約を締結して継続的に使用させているにすぎず、本件賃貸借契約における目的に適合する使用方法であって、無断転貸と評価されるものではない。原告の主張は、ホテル業の営業が多様化している現実を全く無視したものであって、原告主張の事実が、原、被告間の信頼関係を破壊するものと解することはできない。

4 同6について

(一) 原、被告間において昭和五〇年七月二二日に成立した訴訟上の和解において、原告の主張6(一)のとおりの趣旨の合意が行われたことは認める。ただし、本件修繕特約は、右訴訟上の和解において本件建物の賃料を増額したことの代償として、それまで賃借人である被告が本件賃貸借契約に基づいて負担していた本件建物に関する費用について、今後は、法律上負担義務を負っている賃貸人である原告が負担することを確認した上で、原告が負担義務を負う費用の範囲についての特約として、原告は、修繕の要否、方法及び箇所等について当事者双方で協議した上で支出した工事費用についてのみ負担義務を負い、右協議を行わずに被告が支出した工事費用については負担義務を負わないことを合意したものであり、右合意によって、原告が修繕義務を履行しないときは被告が自ら修繕する権利を有するとの原則を変更したものではない。

(二) そして、仮に、右修繕工事に要する費用が、本件賃貸借契約にかかる賃料に照らして不相当に多額であり、そのため原告がその負担を回避する目的で被告との協議に応じないとか、協議を尽くしても合意が成立しなかったとしても、前記(一)のとおり、被告が、自ら費用を負担して、賃貸目的物の使用目的、使用状況に応じて社会通念上妥当な範囲で修繕工事を行うことは当然許されるものであって、被告は、原告に対して右修繕工事に要した費用の負担を請求し得なくなるにすぎない。

本件においては、被告が工事を施工するに当たり、原告に協議を申し入れていたにもかかわらず、原告がこれに応じないか又は協議において合意が成立しなかったのであるし、また、現在まで被告が本件建物について行った工事は、被告の本件賃貸借契約にかかる目的達成のために必要不可欠な本件建物の管理、営繕、保持、保安、防災上必要とされる工事のみであって、性質上賃貸人である原告がその施工を拒否できないものであるし、右工事は、本件建物の躯体自体に変更を加えるものではないのであって、そもそも建物の修繕とは評価し得ない程度のものであるから、被告が自ら費用を負担して右工事を行うことについては、何ら問題は存在しない(なお、原告は、被告が乙一九記載の工事を行い、その費用として七億四九五〇万五〇〇〇円を支出したと主張するが、かかる事実は存在しない。)。

(三) 本件賃貸借契約にかかる公正証書(甲一)第五条は、被告の設立に至る経緯及び本件賃貸借契約締結に至る経緯等に鑑み、原告に対し、通常の賃貸借契約の場合以上に、被告の営業目的達成のための本件建物の管理、営繕及び保持に最善の協力を行うことを要請したものであって、原告は、被告が本件賃貸借契約の目的達成のために必要な工事を施行することを拒否すべきでないことはもちろん、原告が右工事にかかる費用を負担することをも拒否すべきでないことを規定したものであるところ、原告は、右工事にかかる費用を負担しないばかりか、被告が右工事の施工を求めたのに対し、承認を与えることをも拒否したのであって、原告の右行為は、右規定に反するものである。

5 同7について

賃借人により無断増改築が行われ、それが用法違反ないし保管義務違反に該当する場合は、右債務不履行が当事者間の信頼関係を破壊する背信的行為に該当する余地があるものと解されるが、そもそも増改築とは、建物の建て増しを行ったり、一部又は全部を建て直すことを意味するところ、これまで被告が本件建物について施行した工事は、長期継続的利用客の使用目的に応じて行った改装工事を含めて被告のホテル営業という目的のために必要不可欠な工事にすぎず、それらは、増改築に該当するものではない。そして、本件賃貸借契約の締結に至る経緯からすれば、原告は、被告が自ら工事費用を負担することを条件としてホテル営業に心要な工事を行うことについて、本件賃貸借契約締結当初より包括的に承認していたものと解されるのであるから、被告の右行為は、原、被告間の信頼関係を破壊するものではない。

6 同8について

原告主張の天井画は、既に原告が第三者から取り戻しており、現在は被告が保管しているのであるから、原告主張の事実をもって、原、被告間の信頼関係を破壊するものと解することはできない。

三  判断を要しない争点

1 原告の修繕に関する特約違反を理由とする解除が認められるか否か

2 原告の無断増改築を理由とする解除が認められるか否か

3 原告の本件賃貸借契約の更新拒絶が正当事由に基づくものであるか否か

4 原告の本件賃貸借契約の解約申入れが正当事由に基づくものであるか否か

5 本件建物の朽廃ないし準朽廃により本件賃貸借契約が終了したか否か

第三  争点に対する判断

一1  当事者間に争いのない事実に加えて、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は、原告による本件前解除及び本件訴え提起後も、原告に対し、本件建物の賃料として一箇月三〇〇万円(消費税が施行された平成元年四月分以降は消費税相当額九万円を加えた三〇九万円)の支払を続けていたところ、平成七年九月ころから右支払が遅れるようになり、平成八年七月分については支払期日を三箇月以上経過した同年一一月一五日に支払われ、本件解除時においては、同年八月分から平成九年一月分までの六箇月分合計一八五四万円が未払の状態になっていた。その後、平成九年四月一八日に、平成八年八月分から平成九年三月分の賃料として合計二四七二万円、同年一〇月一五日に一箇月分の賃料三一五万円(いずれも消費税相当額を含む)が支払われたが、それ以降の賃料の支払はない。

(二) 被告においては、昭和六二年に仕手グループであるコスモポリタンによる株式の買い占めが行われ、同年五月二八日に同社会長の池田保次が代表取締役に就任してからは、乱脈経営が続くようになり、その後許永中(野村栄中)及び伊藤寿永光が被告の経営の実権を掌握するようになってからは、被告名義の手形の乱発等により被告ないし本件ホテルのイメージが悪化し、被告の経営状況も次第に悪化していった。

被告は、かかる一連の事件の影響により、遅くとも平成七年ころには、本件ホテルの運営資金を銀行等の一般金融機関から調達することが不可能となっていたことから、同年一一月二一日から平成八年五月二四日までの間に五回にわたる増資(発行株式数合計九一三万八〇〇〇株)により資金調達を行い、同年七月にも本件ホテルの運営資金調達のために第三者割当増資を実施したが、株金払込債権合計七億一〇二二万六〇〇〇円について新日建設の申立てによる差押えが行われ、転付命令が発せられたことから、以降の資金繰りに窮することとなり、再度平成九年一月ないし二月実施の予定で増資を計画したものの、払込引受銀行の協力を得られず実施が不可能となったことから、高金利の金融業者からの融資などにより資金調達を行っていたが、ついに同年一二月二六日に二度目の手形不渡りを出し、平成九年一月六日には銀行取引停止処分となるに至り、同年五月五日、東京証券取引所一部上場廃止となった。

(三) 被告の第七二期(平成五年三月一日から平成六年二月二八日まで)ないし第七六期(平成九年三月一日から平成一〇年二月二八日まで)における財産状態及び経営状況について、次の事実を認めることができる。

(1) 資産合計額について、第七四期(訂正後、平成七年三月一日から平成八年二月二九日まで)が一四二億六二一九万一〇〇〇円、第七五期(平成八年三月一日から平成九年二月二八日まで)が一五一億六三八三万二〇〇〇円、第七六期が一四五億四一一四万六〇〇〇円となっているが、そのうち一二〇億円を超える資産(仮払金、建物・土地、電話加入権及び固定化債権)について、税額の更正及び手形金請求訴訟第一審敗訴判決による差押えを受けている。また、長期貸付金として計上されている九一億七七四九万七〇〇〇円については、東京国税局及び東京都より第六八期の税額の更正を受け、東京国税不服審判所等に審査請求を行ったが棄却されたことから、右金額を未払法人税等及び未払事業税等として計上するとともに、本来、右税金については、株式会社ライフベルモニーが負担すべきものとして、同額を長期貸付金として計上したものであるが、右計上の経過や被告代表者においても右貸付金の存在について十分認識していないことからして、右債権の存在自体及び回収可能性について疑わしいといわなければならない(なお、被告は、第七四期の未払法人税等及び未払事業税等の記載について、東京証券取引所から不実記載の疑いを指摘され、平成八年九月一〇日付けで東京証券取引所の監理ポストに移された。)。

一方、負債については、第七四期が七〇億〇五二二万六〇〇〇円、第七五期が一一〇億二七一一万一〇〇〇円、第七六期が一〇七億七五三六万六〇〇〇円であり、そのうち、約九二億円が未払法人税及び未払事業税等の税金の未払分である。

(2) 流動資産のうち現金及び預金については、第七二期が九三五万五〇〇〇円、第七三期(平成六年三月一日から平成七年二月二八日まで)が一一七四万九〇〇〇円、第七四期が七五七四万八〇〇〇円であったところ、第七五期は二七五万五〇〇〇円、第七六期は二五六万七〇〇〇円と著しく減少している。

(3) 経常損失について、第七二期が四億四三二二万円、第七三期が三億〇二九三万四〇〇〇円、第七五期が三億三一二九万五〇〇〇円、第七六期が一億七一三六万四〇〇〇円といずれも高額であり(なお、第七四期については六九三九万一〇〇〇円の経常利益が出ているが、これは、同年から冠婚葬祭施行部門の営業収入が零となったことに伴い、営業原価のうち委託費が一一億八六一九万一〇〇〇円も減額したことによるものと推認される。)、また、当期純損失については、第七二期が三一億六六八六万四〇〇〇円、第七三期が一七億八五五八万円、第七四期が九四八二万一〇〇〇円、第七五期が八億七四三一万円、第七六期が一億七三〇六万円であり、それらをすべて次期繰越としていることから、第七六期における当期未処理損失は六二億九二六四万七〇〇〇円に及んでいる。

(4) 営業収入については、第七二期が三〇億八八五八万円(うちホテル部門一一億〇四五六万四〇〇〇円)、第七三期が二二億九九一八万六〇〇〇円(同九億九二四六万八〇〇〇円)、第七四期が一三億六九六二万三〇〇〇円(同八億六五九三万一〇〇〇円)、第七五期が九億〇二〇四万七〇〇〇円(同八億五六五八万四〇〇〇円)、第七六期が五億八三八五万八〇〇〇円(同四億三四三五万八〇〇〇円)であり、そのうち、本件ホテルの売上高は、第七五期上半期において二億〇〇一五万一〇〇〇円であったが、第七六期上半期においては九八七五万六〇〇〇円と減少しており、被告の営業収入、とりわけ、本件ホテルからの収入は、大幅な減少傾向にある。

(四) 本件建物一の敷地は、合資会社雅叙園が、昭和二八年一月一日から昭和四五年三月五日までは二代目細川力蔵から、同年三月六日以降は国から賃借している土地を、原告において転借しているものであり、原告は、合資会社雅叙園に対し、平成五年一〇月一日以降は年間約一九〇〇万円ないし二二〇〇万円の転借料を支払っていた。また、原告は、平成五年一〇月一日以降、本件建物の保険料として年額約七七万円ないし八〇万円、公祖公課として年額約一五〇〇万円ないし一八〇〇万円を支払っており、仮に、被告が従来の約定どおりの賃料の支払を継続していたとしても、右賃料では右のような本件建物に関する諸費用をまかなうことができない状況にあった。

2  以上の事実によれば、被告は、本件解除当時において、既に事実上倒産状態にあるというべきであり、被告において、本件建物の明渡訴訟係属中に賃料の不払状態を生じさせ、原告からの賃料不払を理由とする解除通知が発せられた後に至ってもなお賃料不払を続けているのは、被告の右のような経営状態の悪化や、後記二、四に認定する被告の本件ホテルの経営継続に対する意欲の欠如に起因するものと認められるのであり、そうすると、原告において、本件解除以降の将来にわたって、被告から賃料が約定どおりに支払われることが期待できない状況にあると認められるし、かかる状況が原告にとって著しい財政的負担となっているものと認められるのであり、このような状況下における前記1(一)のような長期の賃料不払は、原告に対する著しい不信行為と評価すべきものであり、原、被告間の信頼関係を破壊する原因となり得るものと解される。

3(一)  なお、本件においては、原告が本件前解除を行っていることから、その後に賃料相当額を支払わなかった被告の行為が、原告に対する不信行為となり得るかが問題となるが、《証拠略》によれば、被告は、本件前解除にかかる解除原因の存否を争い、原告の明渡し催告にかかわらず、昭和六三年二月一〇日ころにおいても本件建物の明渡しを拒んでいたことから、原告が、本件前解除による本件賃貸借契約の終了に基づく本件建物の明渡しを求めて同年七月一八日に本件訴えを提起するに至ったのであって、以降現在に至るまで、本件前解除の有効性及び本件賃貸借契約の終了の有無については不確定な状態にあったこと、被告は、本件前解除の意思表示及び本件訴え提起の後も本件建物の使用収益を行うとともに、原告に対する賃料相当額の支払を行っていたが、原告は、現在に至るまで被告による右支払の受領を拒絶したことがなく、また、被告において本件建物の賃料を供託したこともないことが認められるのであり、右の事実からすれば、被告において本件前解除の有効性を争いながら本件建物の使用収益を継続していたにもかかわらず、右使用収益の対価としての賃料の支払を長期にわたって怠ったことは、原告に対する不信行為となり得るものと解される。

(二)  被告は、前記l(一)のとおり賃料不払をしていた理由として、原告が賃料の受領を拒否していたと主張するが、前記(一)のとおり、原告が賃料の受領を拒否したとの事実も被告が賃料を供託したとの事実も認められないのであるから、被告の右主張は採用できない。また、被告は、本件訴訟において訴訟上の和解が成立した時に未払分の清算をすれば足りると考えて、和解が行われていた間は賃料の支払を止めていたが、本件解除により支払を開始したと主張するが、前記1(一)のとおり、被告は、原告に対し、本件解除から二箇月以上経過した平成九年四月一八日に、平成八年八月分から平成九年三月分の賃料として合計二四七二万円を振り込んだものの、再び半年にわたって支払を停止し、同年一〇月一五日に一箇月分の賃料である三一五万円を支払った以降は一切支払を行っていないのであるから、被告の右主張についても採用することはできない。

二1(一) 《証拠略》によれば、被告は、アザレに対し、昭和六一年一〇月一日、本件建物部分<4>のうち旧三三三号室部分について、賃料を月額九〇万一〇〇〇円(駐車場使用料金及び管理費を含む)、賃貸借期間を二年間、事務所、美容サロン及び倉庫として使用することを約して貸し渡したこと、アザレは、右建物部分を事務所、美容サロン、化粧品販売等のために使用しているが、右美容サロン及び化粧品販売は、本件ホテルの宿泊客や本件ホテルを訪れる者を対象としておらず、本件ホテル営業と密接に関わったものではないこと、被告は、右建物部分をアザレに貸し渡す際、その内部を事務所等として使用できるように改造するとともに、右建物部分のうち別紙図面一表示のA部分をアザレ専用の出入口に改造したこと、さらに、被告は、遅くとも平成八年二月一六日に、アザレに対する賃貸目的物に旧三二九号室部分を加え、賃料を月額一三二万三八二〇円(駐車場使用料金及び管理費を含む)と変更した上で、右部分を事務所として使用できるよう改造したことが認められる。

(二) 《証拠略》によれば、平成九年五月九日、原告が被告らを債務者として申し立てた本件建物部分<4>ないし<26>等についての占有移転禁止の仮処分(当庁平成九年執ハ第五〇一ないし五一一号)の執行(以下「本件仮処分執行」という。)のために、執行官が本件建物部分<5>ないし<8>を訪れたところ、越智郁子が、本件建物部分<5>を飲食店店舗(屋号サロン「楼蘭」)として、同<6>をカラオケルームの店舗として、同<7>を右飲食店及びカラオケルームの事務所として、同<8>の部分を越智郁子の従業員新野昌子の宿泊室として、それぞれ占有使用していたこと、本件建物部分<5>は、従来客室(三一三号室、三一五号室)及び写真撮影室であったところ、本件仮処分執行当時、被告により、それらの仕切り壁の一部が撤去されてドアが作られ、相互に行き来ができるように一体化され、本件建物部分<6>については、従来倉庫(二室)、理髪室、従業員宿直室、トイレ及び内廊下であったところ、それらの仕切り壁がすべて撤去されて一体化され、従業員宿直室、トイレ及び内廊下の一部についてはカラオケルームの入口ホールに、その余の部分についてはカラオケルームに改造されていたこと、また、被告は、平成八年二月ころ、別紙図面一表示のB部分に存在した窓を撤去し、コンクリート壁を取り毀して、前記「楼蘭」に出入りするためのドアに改造したこと、越智郁子は、被告が平成八年三月一五日に実施した第三者割当増資に際し一〇万株を取得し、平成九年八月三一日現在、六一万一〇〇〇株(発行済株式総数の一・〇八パーセント)を所有していること、越智郁子の右占有使用については同人と被告との間に何らの契約書も作成されていないことが認められる。

(三)  《証拠略》によれば、被告は、平成七年三月一七日、ジーケーエスとの間で、被告がジーケーエスに対して三億五一四四万〇五七七円の債務を負っていることを確認するとともに、右債務のうち四八一八万円について、ジーケーエスの占有する本件建物の客室二室の同年一月一日から平成一二年一二月三一日までの部屋代(一日当たり二万二〇〇〇円)と相殺する旨合意し、平成七年七月一日には、本件建物部分<10>について、使用期間を五年間、事務所として使用すること、使用料を月額六八万九一七〇円とし、右使用料については、被告のジーケーエスに対する債務と相殺することなどを内容とする貸室使用契約を締結したこと、本件仮処分執行当時、ジーケーエスは、本件建物部分<9>及び<10>を事務所として占有使用しており、また、本件建物部分<10>の旧三〇七号室と旧三〇八号室の仕切り壁の一部が撤去されて両室が一体化されるとともに、旧三〇七号室のドアが塞がれ、右部分が壁になっていたこと、ジーケーエスの代表取締役は、許永中と関係が深い山岸竜夫が務めていることが認められる。

(四)  《証拠略》によれば、本件仮処分執行当時、本件建物部分<13>に存在するドア部分にはナイーブ・ジャパンの表札が存在しており、内部は内装工事中であったこと、平成一〇年一月一三日に行われた検証(第二回)の際には、ナイーブ・ジャパンの表札は取りはずされていたが、内部は依然として内装工事中で雑然と資機材等が置かれており、ホテルの客室として使用できる状態ではなかったことが認められる。

(五)  《証拠略》によれば、本件仮処分執行当時、従来客室であった本件建物部分<11>、<12>、<14>及び<15>について、事務所として改造され(ただし、本件建物部分<15>については、検証〔第二回〕当時においては客室の形態となっていた。)、レクリオが本件建物部分<11>及び<12>を、藤原義久が同<14>及び<15>をそれぞれ事務所として占有使用していたこと、被告は、平成八年二月五日にマノゼネラルとの間で、本件建物部分<16>について、使用料月額二〇万円、使用期間平成九年一月三一日まで、事務所として使用することなどを内容とする貸室使用契約を締結した上で、そのころ、従来客室であった右建物部分を事務所として改造し、それ以降、マノゼネラルが、右建物部分を事務所として占有使用していること、レクリオ、藤原義久及びマノゼネラルの右各占有使用にかかる使用料は、それぞれ被告に対するレクリオの債権、藤原義久の貸金債権及びマノゼネラルの一四〇〇万円の貸金債権と相殺されていることが認められる。

(六)  《証拠略》によれば、被告は、平成八年一〇月一七日に新日建設との間で、前記一1(二)の新日建設の申立てによる差押え及び転付命令にかかる差押債権七億一〇二四万〇七六五円につき新日建設が配当を受けることについて被告が異議を述べないこと、被告が、新日建設に対し、本件建物部分<17>ないし<22>を平成一三年一〇月末日まで使用することを許諾し、右使用料七二三〇万九六〇〇円については新日建設の被告に対する貸金債権と対当額で相殺すること、新日建設が、被告に対する一八三億〇八五一万八七三五円の元本債権及びこれに対する利息損害金債権を放棄した上で、被告に対し、平成八年一一月末日限り和解金七億二〇〇〇万円を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解(当庁平成八年ワ第一四七四四号)を成立させたこと、新日建設は、そのころから現在に至るまで、右訴訟上の和解に基づき、本件建物部分<17>ないし<21>を従業員の宿泊所として、本件建物部分<22>を野村栄中の名札のあるゴルフバッグを含む多数のゴルフバッグや靴の保管場所としてそれぞれ使用していること、新日建設は、許永中が経営する、いわゆる許永中のグループ会社であることが認められる。

(七)  《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告は、ある出版社の社長から、ルワンダ共和国大使館の移転先として本件ホテルへの入居について打診を受けてこれを承諾し、平成八年六月一八日、ルワンダ共和国大使館から資金協力者として紹介された日華観光との間で、本件建物部分<23>について、使用料を月額一八〇万円、使用期間を同年七月一日から二年間とし、駐日ルワンダ共和国大使館及び日本ルワンダ友好協会事務所としてのみ使用し、他の用途にあてることはできないことなどを内容とする貸室使用契約を締結した。

(2) 前記(1)の貸室使用契約を締結したころ、被告は、ルワンダ共和国大使館側の要望ないし指示に基づき、同年六月末ころまでに、本件建物部分<23>について、<1>別紙図面一表示のC、D及びEの各部分に強固なドアを設置し、<2>客室(五〇一号室及び五〇二号室)を撤去して、隣接のエレベーターホールと一体となったホールに改造した上で、従前エレベーターの出入口であった別紙図面一表示のF部分にバーカウンターを設置し、<3>客室(五二〇号室)を撤去して、直接廊下に通ずるホールに改造し、<4>その余の全客室の什器備品を撤去した上で、客室間の仕切り壁の一部(別紙図面一表示のG、H、I及びJの各部分)を撤去して隣室と自由に行き来できるよう改造する工事を行った。

検証(第二回)当時、別紙図面一表示のC部分に設置されたドアには、ナイーブ・ジャパンの表札が掲げられていた。また、本件仮処分執行当時、右ドア及び同図面表示のD部分に設置されたドアは施錠されており、被告においても右ドアの鍵を持っておらず、執行官に同行しだ鍵師が開錠した。なお、右のような状態では、本件建物部分<23>の廊下部分及び右建物部分に接する階段部分に自由に出入りができなくなり、消防法上必要な避難通路が確保されないことになる。

(3) ルワンダ共和国大使館は、当初の計画によれば同年七月一五日に本件建物部分<23>に入居する予定であったところ、雑誌等において、同年六月末ころに右建物部分で治外法権を利用してバカラ賭博が行われたとの報道がされたことから、外務省及び麻布警察署外事課からルワンダ共和国大使館の入居を見合せたいとの申入れが行われ、被告において右申入れを了解した。

(4) 本件仮処分執行当時、本件建物部分<23>内部の客室部分には、床に布団が敷かれたままの状態で、衣服や食べ終わったインスタン卜食品の容器などの生活用品が乱雑に置かれ、当時右客室部分に居住している三名の女性が在室していたが、そのうち一名は、日華観光の社員のいとこであり、二名は婚約者等の関係者であった。また、検証(第二回)の際にも、右客室部分の一部について、同様に日華観光の社員ないしその関係者の起居生活の形跡が存在したほか、その余の客室部分及び前記(2)のとおりホールに改造された部分には、日華観光の所有物と推認される絵画やキャンバス台が多数置かれていた。

(5) 前記(2)の改装工事費用については、日華観光が負担するとの約定であったにもかかわらず、被告は、現在に至るも日華観光から右工事費用の支払を受けておらず、また、前記(4)のとおり、ルワンダ共和国大使館の入居が取り止めになった後、本件建物部分<23>は、前記貸室使用契約の目的に反して日華観光が占有使用しているにもかかわらず、被告は、日華観光に対し、右建物部分からの退去を要求していないし、日華観光から平成八年一〇月ないし一一月ころ以降の使用料の支払を受けていない。さらに、被告代表者は、本件建物部分<23>の前記(4)のような使用状況について認識すらしていない。

(6) 被告は、日華観光に対して七〇〇〇万円の債務を負担しており、日華観光は、別訴において、被告から前記(1)の貸室使用契約を解除されたとの事実はなく、本件建物部分<23>の使用料については、被告に対する債権と相殺している旨主張している。

2 1に認定した事実及び《証拠略》によれば、アザレ、越智郁子、ジーケーエス、ナイーブ・ジャパン、レクリオ、藤原義久、マノゼネラル、新日建設及び日華観光は、いずれも原告の承諾を得ることなく、被告によって使用を許可されて、本件建物のうち一号館の一部を占有使用しているが、右占有使用者の多くは、被告の債権者であって、債権回収のために一号館の一部を占有使用しているものであり、債権者のうち、ジーケーエス及び新日建設は、いずれも許永中の関係会社であること、越智郁子は、被告との間に賃貸借契約書を締結しておらず、賃料の支払も明確でないこと、日華観光は、そもそもルワンダ共和国大使館の事務所として使用する旨の貸室使用契約の目的に反して使用しており、かつ、賃料の支払もしていないのに、被告は、退去の要求はしていないこと、各占有者の使用方法のほとんどは、本件ホテルの営業とは関係がないばかりか、占有者の従業員と関係ある女性数名が居住していたり、あるいは、その取り扱う商品や従業員の利用するゴルフバッグ等の保管場所として使用しているなど、ホテルの宿泊客が同じ場所を利用するにはそぐわない使用方法となっていること、被告は、これらの者の占有使用部分について、原告の承諾を得ることなく、改修ないし改造工事を実施したのであるが、右工事は、客室間の仕切り壁を撤去したり、廊下に強固なドアを設置して、宿泊客の避難経路を遮断し、エレベーターを使用不能にするなど、一号館をホテル営業のために利用するためには不適切な工事であること、加えて、一号館の廊下は、ほとんど照明がなく薄暗い状態で、廊下や階段の絨毯はすり切れ、壁紙もはげ落ちたままの状態で放置されており、本件仮処分執行当時においても検証(第二回)当時においても、一号館にはホテルの宿泊客は見られなかったことが認められる。

右各事実によれば、被告が、原告の承諾を得ることなく、第三者に一号館の使用を許していることは、無断転貸に当たるというべきである。被告は、一般的なホテル経営の業態の一種としての長期貸室使用契約であると主張するが、正常な賃貸借契約を締結したとは認められない者も含まれているなど、その使用状況からして、到底ホテル経営に見られる一般的な業態の賃貸借契約であるとは認められない。

さらに、前記のような一号館の使用状況及び改修状況からすると、一号館はホテル宿泊客のために利用できる状態にはなく、被告において、現実に一号館をホテルの営業のために使用していないし、その意思もないものと推認される。

これらの事実及び原告の承諾を得ることなく、一号館においても右のような改修ないし改造工事を行った被告の行為は、原告に対する著しい不信行為と評価すべきであり、原告と被告の信頼関係を破壊する原因となるものと解される。

三  《証拠略》によれば、一号館が建設された昭和一三年ころから、一号館五階(登記簿上三階)エレベーターホールの天井部分には、相当の美術的価値を有する原当所有の天井画六点(池上秀畝作「扇面桃の木図」他五点)がはめ込まれる形で設置されていたが、昭和六三年一〇月ころ、右天井画六点が原告に無断で、許永中が経営する愛媛県宇和島市所在の天赦園ホテルに貸し出され、その後、原告から抗議があったため、平成三年八月ころまでには本件ホテルに戻されたものの、被告は、右天井画を従来の設置場所に戻さずに、「楼蘭」の壁に掛けて展示しており、そのため、右天井部分は、コンクリー卜がむき出しの状態で放置されていることが認められる。

右のような被告の行為は、原告に対する不信行為となり得るものと解される。

四  前記一ないし三のとおり、本件解除当時において、被告による原告に対する不信行為の存在が認められるが、加えて、《証拠略》によれば、本件建物は、昭和一三年ないし一四年に峻工した建物であり、その後は大規模な改修工事を行なっていないため、老朽化が著しく、ホテルを経営していくためには設備的にも不十分な建物となっており、本件建物においてホテルの営業を続けるためには、今後相当高額な費用をかけて大規模な改修を行うことが必要であること、しかるに、一号館は、各所において工事が中断されたまま放置された状態となっていること、被告の本件ホテルに従事する社員数は、平成一〇年二月一八日には嘱託社員を含めて一五人程度となっていることが認められ、右事実及び前記一、二に認定した被告の経営状況等からすれば、被告が、今後も本件建物において本件ホテルの経営を継続していくことは極めて困難な状況にあるものと言わざるを得ない(被告は、リストラの断行や経費の縮減により、現在も従前どおり本件建物において本件ホテルの経営を継続している旨主張するが、右認定事実からすれば、現在においては、本件ホテルの経営は形式的に継続されているにすぎないものと推認される。)。そして、以上の事実に、被告は、本件建物の借家権並びに別紙物件目録三記載の建物及びその借地権を第三者に売却することを望んでおり、本件建物において本件ホテルの経営を継続していく意欲に乏しいものと認められること、原告は、本件訴訟以外にも、被告に対し、被告が別紙物件目録二七記載の建物の敷地を不法占拠しているとして、右敷地の明渡しを求める訴え(別訴)を提起していること等の事情を併せ考慮すれば、原、被告間における信頼関係は、既に破壊されたものと解すべきである。

そして、前記一ないし三に認定した事実からすれば、原、被告間における信頼関係破壊の原因は、被告の経営状況の悪化に伴う賃料の不払や本件ホテルの営業を目的として貸し渡した一号館を右営業のために使用することなく第三者に転貸し、さらには、右目的に従った使用とは相容れない改修工事を行っているという、本件賃貸借契約の基本となる事項の不履行に基づくものであるから、信頼関係破壊の程度は、極めて大きいものと認められ、履行の催告なくして行った解除の意思表示(本件解除)は、有効と解すべきである。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、すべて理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 長屋文裕 裁判官 日景 聡)

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